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白幡上町ができるまで
名前の変遷をまとめてみました。
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享保3年(1718年)
白幡村源流の足洗川が入江町に合流する絵図。
この絵図の西側に白幡村境の記述有り。 -
寛政4年(1793年)
現在の神奈川新町から神奈川警察の辺り。
京急仲木戸駅近くに現存する金蔵院・熊野神社が見れる。熊野神社は白幡八幡神社の本宮。 -
文政5年(1823年)
六角橋から旧東海道(第一京浜国道)辺りを示す古地図。現存する滝の川(現在はほとんどが暗渠)が鮮明に描かれている。コメント付き。
神奈川県立公文書館資料 -
江戸時代(旧東海道)
東海道の南側は砂浜で青木村(今の青木橋あたり)から高島台町方面の坂道につながっていた。
国土交通省横浜国道事務所の宿場探訪マップより -
江戸時代の神奈川宿
青木橋から高島台へ向かう急坂(現存)の左側の『田中屋』は江戸時代から続く。坂本龍馬の妻お龍さんが働いていた事で有名。店に写真が現存。
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明治22年(1889年)
神奈川県橘樹郡子安村字白幡
昭和2年横浜市神奈川区白幡町へ変更。
国土地理院 明治39年の地図より -
明治39年地図
明治5年品川ー横浜駅(現桜木町)間鉄道開業。
今の横浜駅(3代目)より青木橋よりに神奈川駅があった。 -
大正11年(1922年)
横浜市神奈川区白幡町
人家はまばらです。
東横線は未開通でした。 -
大正15年(1926年)
東京横浜電鉄(東横線)丸子多摩川ー神奈川駅間開通。白幡変電所使用開始。神奈川駅(終点)は、反町からトンネルを抜けた場所にあった。
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昭和2年8月(1927年)
東京横浜電鉄 渋谷ー多摩川伸延。渋谷―神奈川間(国鉄神奈川駅近く)直通運転開始。東横線に呼称変更。沿線で土地の分譲販売始まる。
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昭和3年5月(1928年)
東京横浜電鉄 神奈川ー高島町伸延。現在の横浜駅場所にJR、横浜線、市電駅が集結。京急は翌4年神奈川駅から横浜駅まで伸延。
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昭和3年12月(1928年)
横浜市市電 東白楽ー六角橋(終点)まで伸延。
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昭和4年頃(1929年)
市電もつながり便利になったが、白幡町はまだ人家は少なく上町、向町などの区分はまだ存在していない。
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昭和4年(1929年)
横浜広域図
年配者は今でも六角橋交差点を六角橋終点(市電)と言っています。 -
昭和21年航空写真
現在の地形がほぼ分かります。自治会館周辺から上側は、開発前夜。
国土地理院サイト(米軍写真) -
昭和35年頃(1960年)
横浜市電 路線図